2016年5月3日火曜日

飢えた海 ウィルバー・スミス

1978年 1995文春文庫

 技術者が主人公で活躍する海洋SFは少ないが、本作品はその貴重な作品のひとつ。海洋冒険モノではあるが、現実には存在しない100万トン・ウルトラ・タンカーが登場するという点ではSFといえる。
 百万重量トンのウルトラ・タンカー〈ゴールデン・ドーン〉が建造されるが、コスト削減のため、単一ボイラー、推進器も固定ピッチ1軸として冗長性のないシステムとなった。この〈ゴールデン・ドーン〉で2千から4万ppmもの高濃度カドミウム硫化物を含有する原油100万トンをペルシャ湾から喜望峰を経て、メキシコ湾まで運ぶこととなった。そこに巨大なハリケーン”ローナ”が・・・。


ネタバレ



 主人公ニコラス(ニック)・バーグ39歳は、夏への扉の主人公ダニーと似た境遇。ダニーは良心的かつ革新的なロボット技術者として優良ベンチャー企業を起こしながら、恋人と共同経営者に裏切られて企業から放り出される。優秀な造船設計者でありサルベージ専門であるニックの場合も、小企業のサルベージ会社クリスティー・マリーン社を英海運業ビッグファイブに育て上げながら、美しい妻シャンテル・クリスティーの浮気相手の共同経営者ダンカン・アレクサンダーに会社から追われ、一隻(+建造中の1隻)のサルベージ・タグを所有するオーシャン・トウイッジ・アンド・サルベージ社の船長兼経営者に落ちぶれる。


 ところがこのニックが設計したサルベージ・タグ<ウォーロック>と姉妹船<シー・ウィッチ>が凄い。型鋼と強化ガラスで造られた上部構造物、タンカー火災に耐える防火構造と毎時1500トンの放水銃,ミニ・ヘリポート、ディーゼル主機2基、可変ピッチ・プロペラ2軸、2万2000馬力、荒天中で28ノット。

 さて、クリスティー・マリーン社のアドヴェンチャー・クルーズ船<ゴールデン・アドヴェンチャラー>(船員235人、船客368人)が南極ウェッデル海で氷山と接触し、機関室に浸水,漂流状態となる。このままでは南極沿岸に座礁し、乗船者は南極という極寒の海に救命艇による脱出を余儀なくされる。<ウォーロック>は先行する老練な仏タグ・マン、ジュール・ルヴォワザン船長の<ラ・ムエット>を出し抜くという無謀な賭けに挑む・・・。

 サルベージ・タグと漂流船の船会社との駆け引きが面白い。サルベージ・タグにとっては漂流中の船を曳航する場合なら”救助なくして報酬なし”ロイズ・オープン方式が有利であり、失敗するリスクが高い座礁した船の救助なら日雇い契約を狙う。一方,船会社としては逆を狙う。いよいよ危険な状態になった場合は、船長が船会社の判断を仰ぐことなくサルベージ契約を結ぶことができる。

 <ゴールデン・アドヴェンチャラー>には24歳のマイアミ大海洋生態学特別研究員のサマンサ・シルヴァー博士が特別ガイドとして乗り込んでいた。サマンサと乗客を乗せた救命いかだは氷の断崖の崩落に巻き込まれ、氷海からただ一人ニックに救助される。

 ニックが設計した百万重量トンのウルトラ・タンカー<ゴールデン・ドーン>は、コンストリュクシオン・ナヴァル・アトランティック造船所で建造。全長1 マイル半近く。船体の高さは五階建てのビルに匹敵。積載能力25万トンの自力航行可能なタンク・ポッドを四つ主船殻に結合し、4つの推進器,8つのボイラーと冷却器を有する。しかしダンカンはコスト削減のため、単一ボイラー、推進器も固定ピッチ1軸とした。最高経済速度22ノット。この<ゴールデン・ドーン>で2千から4万ppmもの高濃度カドミウム硫化物を含有する原油100万トンをペルシャ湾奥のエル・バラス油田から喜望峰、メキシコ湾ガルヴェストンまで運ぶこととなった。そこに巨大なハリケーン”ローナ”が・・・。

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